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日別アーカイブ: 2026年7月7日

人は逃げたいと思うほどのプレッシャーがかかっている時に、一番成長するのかも しれない話

人間は、できれば楽をしたい。

少なくとも自分はそうである。

朝は少しでも長く寝たい。

暑い日は涼しいところにいたい。

面倒な電話は後回しにしたい。

難しい図面は、できれば誰かが先に見ておいてほしい。

かなり素直な人間である。

向上心がないわけではない。

成長したい気持ちもある。

ただ、成長はしたいけれど、苦しいのは嫌なのである。

できれば、痛みなしで成長したい。

寝て起きたら少し賢くなっていたい。

体重計に乗るだけで筋肉が増えていてほしい。

図面を開いたら、理解した状態から始まってほしい。

しかし現実は、だいたい逆である。

人が一番成長する時というのは、たぶん余裕がある時ではない。

もう無理だ。

逃げたい。

誰か代わってくれ。

できれば今日中に。

そう思うくらいのプレッシャーがかかっている時に、人は急に本気になる。

自分もこれまでを振り返ると、成長した時期にはだいたい余裕がなかった。

知らないことを任された時。

自分より経験のある人達の前で現場を仕切らないといけない時。

失敗できない現場に入った時。

誰かをまとめる立場になった時。

逃げたいと思った。

かなり思った。

「これは成長できるチャンスだ」

などとは思っていない。

その時の自分は、そんな爽やかな人間ではない。

「なぜ自分なんだ」

「他にいるだろう」

「一回みんな落ち着いて人選を見直そう」

そう思っている。

成長の入口で、人はあまり成長を歓迎していない。

むしろ帰りたい。

型枠大工の仕事でもそうである。

簡単な現場だけやっていれば、ある程度は慣れる。

同じ形。

同じ段取り。

知っている納まり。

できる仕事を、できる範囲でやる。

これは安心する。

心が穏やかである。

昼飯もうまい。

夜も眠れる。

ただ、急に難しい現場が来る。

図面を見ても、すぐには形が浮かばない。

拾い出しも難しい。

加工も考えないといけない。

現場でどう組むかも分からない。

解体まで考える必要がある。

しかも周りは、

「分かってるよね」

みたいな顔をしている。

分かっていない。

かなり分かっていない。

でも、ここで「分かりません」と言って全部投げるわけにもいかない。

図面を見る。

もう一回見る。

断面を見る。

詳細を見る。

現場を想像する。

人に聞く。

また見る。

家に帰っても少し考える。

風呂に入っていても考える。

寝る前にも考える。

もう図面の方が自分を見ている気がしてくる。

怖い。

でも、そういう時に覚える。

必要だからである。

人は、必要に迫られると急に真剣になる。

余裕がある時に「いつか覚えよう」と思っていたことを、追い込まれると二日で覚えたりする。

不思議である。

普段からやれ。

本当にそう思う。

でも、普段の自分はやらない。

「まだ大丈夫」が強い。

人間の脳には、たぶん「まだ大丈夫」という非常に強力な省エネ機能がある。

期限が遠い。

まだ大丈夫。

誰かがいる。

まだ大丈夫。

明日できる。

まだ大丈夫。

そして、もう大丈夫ではなくなった瞬間に急に覚醒する。

遅い。

でも強い。

プレッシャーがかかった時、人は今まで使っていなかった頭を使う。

見ていなかったところを見る。

聞かなかったことを聞く。

曖昧にしていたことを確認する。

逃げ道がなくなると、本気で考える。

これは少し怖い話でもある。

なぜなら、自分にはまだ使っていない力があるということだからだ。

余裕がある時には出さない。

追い込まれた時だけ出す。

かなり出し惜しみしている。

自分の能力なのに、本人に貸してくれない。

「本当に困った時だけ使えます」

みたいな契約になっている。

誰と契約したのか分からない。

ただ、プレッシャーが強ければ強いほどいい、という話ではないと思う。

潰れる人もいる。

壊れる人もいる。

逃げた方がいい時もある。

無理を続けることが成長ではない。

ここは大事である。

何でも耐えればいいわけではない。

逃げることが負けでもない。

本当に危ない場所からは、逃げた方がいい。

人間はコンクリートではない。

圧をかければかけるほど強くなる、という単純な材料ではない。

むしろ割れる。

だから、限界を超えるプレッシャーは違う。

ただ、自分の経験では、

「できるか分からない」

「逃げたい」

「でも、やるしかない」

この三つが揃った時、人はかなり伸びる気がする。

余裕がある時には見えなかったものが見える。

今まで人任せにしていたことを覚える。

自分の弱いところが分かる。

何が足りないか分かる。

そして一度その場所を越えると、前まで怖かったものが少し小さく見える。

これが成長なのだと思う。

面白いのは、越えた後である。

あれだけ逃げたかったのに、しばらくすると、

「まあ、あれは大変だったけど経験になったな」

などと言い始める。

勝手である。

当時の自分が聞いたら怒ると思う。

「経験になったな、じゃない。こっちは本気で逃げようとしていた」

と言うはずである。

過去の自分に申し訳ない。

でも、実際そうなのである。

一番苦しかった時期に、一番覚えている。

一番逃げたかった現場が、あとで自信になる。

一番無理だと思った仕事が、次の仕事の基準になる。

人は、楽な時には自分を守る。

苦しい時には、自分を変えようとする。

たぶん、その違いなのだと思う。

最近は、少しプレッシャーがかかる仕事が来た時に思う。

嫌だな、と。

まず普通に嫌である。

ここは格好つけない。

できれば簡単な方がいい。

できれば知っている仕事がいい。

できれば責任も軽い方がいい。

でも、そのあと少しだけ思う。

もしかすると、今が伸びる時なのかもしれない。

そう思えるようにはなった。

もちろん、逃げたい気持ちは消えない。

消えないどころか、かなり元気である。

いつでも走れる状態で待機している。

ただ、その逃げたい気持ちと一緒に、少しだけ前に進む。

そうしているうちに、いつの間にか前より少しできるようになっている。

成長というのは、もっと格好いいものだと思っていた。

前向きで。

爽やかで。

目標に向かって努力して。

朝日を浴びながら走るようなものだと思っていた。

実際は違った。

逃げたい。

怖い。

無理かもしれない。

でも、やるしかない。

たぶん、成長はその辺にいる。

かなり暗い顔でいる。

それでも、人はそこを越えた時に少し変わる。

だから今、逃げたいと思うほどのプレッシャーがあるなら。

それが自分を壊すほどのものではないなら。

もしかすると、そこは成長の入口なのかもしれない。

入口にしては、かなり入りたくない見た目をしているけれど。

つよし