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人間は、できれば楽をしたい。
少なくとも自分はそうである。
朝は少しでも長く寝たい。
暑い日は涼しいところにいたい。
面倒な電話は後回しにしたい。
難しい図面は、できれば誰かが先に見ておいてほしい。
かなり素直な人間である。
向上心がないわけではない。
成長したい気持ちもある。
ただ、成長はしたいけれど、苦しいのは嫌なのである。
できれば、痛みなしで成長したい。
寝て起きたら少し賢くなっていたい。
体重計に乗るだけで筋肉が増えていてほしい。
図面を開いたら、理解した状態から始まってほしい。
しかし現実は、だいたい逆である。
人が一番成長する時というのは、たぶん余裕がある時ではない。
もう無理だ。
逃げたい。
誰か代わってくれ。
できれば今日中に。
そう思うくらいのプレッシャーがかかっている時に、人は急に本気になる。
自分もこれまでを振り返ると、成長した時期にはだいたい余裕がなかった。
知らないことを任された時。
自分より経験のある人達の前で現場を仕切らないといけない時。
失敗できない現場に入った時。
誰かをまとめる立場になった時。
逃げたいと思った。
かなり思った。
「これは成長できるチャンスだ」
などとは思っていない。
その時の自分は、そんな爽やかな人間ではない。
「なぜ自分なんだ」
「他にいるだろう」
「一回みんな落ち着いて人選を見直そう」
そう思っている。
成長の入口で、人はあまり成長を歓迎していない。
むしろ帰りたい。
型枠大工の仕事でもそうである。
簡単な現場だけやっていれば、ある程度は慣れる。
同じ形。
同じ段取り。
知っている納まり。
できる仕事を、できる範囲でやる。
これは安心する。
心が穏やかである。
昼飯もうまい。
夜も眠れる。
ただ、急に難しい現場が来る。
図面を見ても、すぐには形が浮かばない。
拾い出しも難しい。
加工も考えないといけない。
現場でどう組むかも分からない。
解体まで考える必要がある。
しかも周りは、
「分かってるよね」
みたいな顔をしている。
分かっていない。
かなり分かっていない。
でも、ここで「分かりません」と言って全部投げるわけにもいかない。
図面を見る。
もう一回見る。
断面を見る。
詳細を見る。
現場を想像する。
人に聞く。
また見る。
家に帰っても少し考える。
風呂に入っていても考える。
寝る前にも考える。
もう図面の方が自分を見ている気がしてくる。
怖い。
でも、そういう時に覚える。
必要だからである。
人は、必要に迫られると急に真剣になる。
余裕がある時に「いつか覚えよう」と思っていたことを、追い込まれると二日で覚えたりする。
不思議である。
普段からやれ。
本当にそう思う。
でも、普段の自分はやらない。
「まだ大丈夫」が強い。
人間の脳には、たぶん「まだ大丈夫」という非常に強力な省エネ機能がある。
期限が遠い。
まだ大丈夫。
誰かがいる。
まだ大丈夫。
明日できる。
まだ大丈夫。
そして、もう大丈夫ではなくなった瞬間に急に覚醒する。
遅い。
でも強い。
プレッシャーがかかった時、人は今まで使っていなかった頭を使う。
見ていなかったところを見る。
聞かなかったことを聞く。
曖昧にしていたことを確認する。
逃げ道がなくなると、本気で考える。
これは少し怖い話でもある。
なぜなら、自分にはまだ使っていない力があるということだからだ。
余裕がある時には出さない。
追い込まれた時だけ出す。
かなり出し惜しみしている。
自分の能力なのに、本人に貸してくれない。
「本当に困った時だけ使えます」
みたいな契約になっている。
誰と契約したのか分からない。
ただ、プレッシャーが強ければ強いほどいい、という話ではないと思う。
潰れる人もいる。
壊れる人もいる。
逃げた方がいい時もある。
無理を続けることが成長ではない。
ここは大事である。
何でも耐えればいいわけではない。
逃げることが負けでもない。
本当に危ない場所からは、逃げた方がいい。
人間はコンクリートではない。
圧をかければかけるほど強くなる、という単純な材料ではない。
むしろ割れる。
だから、限界を超えるプレッシャーは違う。
ただ、自分の経験では、
「できるか分からない」
「逃げたい」
「でも、やるしかない」
この三つが揃った時、人はかなり伸びる気がする。
余裕がある時には見えなかったものが見える。
今まで人任せにしていたことを覚える。
自分の弱いところが分かる。
何が足りないか分かる。
そして一度その場所を越えると、前まで怖かったものが少し小さく見える。
これが成長なのだと思う。
面白いのは、越えた後である。
あれだけ逃げたかったのに、しばらくすると、
「まあ、あれは大変だったけど経験になったな」
などと言い始める。
勝手である。
当時の自分が聞いたら怒ると思う。
「経験になったな、じゃない。こっちは本気で逃げようとしていた」
と言うはずである。
過去の自分に申し訳ない。
でも、実際そうなのである。
一番苦しかった時期に、一番覚えている。
一番逃げたかった現場が、あとで自信になる。
一番無理だと思った仕事が、次の仕事の基準になる。
人は、楽な時には自分を守る。
苦しい時には、自分を変えようとする。
たぶん、その違いなのだと思う。
最近は、少しプレッシャーがかかる仕事が来た時に思う。
嫌だな、と。
まず普通に嫌である。
ここは格好つけない。
できれば簡単な方がいい。
できれば知っている仕事がいい。
できれば責任も軽い方がいい。
でも、そのあと少しだけ思う。
もしかすると、今が伸びる時なのかもしれない。
そう思えるようにはなった。
もちろん、逃げたい気持ちは消えない。
消えないどころか、かなり元気である。
いつでも走れる状態で待機している。
ただ、その逃げたい気持ちと一緒に、少しだけ前に進む。
そうしているうちに、いつの間にか前より少しできるようになっている。
成長というのは、もっと格好いいものだと思っていた。
前向きで。
爽やかで。
目標に向かって努力して。
朝日を浴びながら走るようなものだと思っていた。
実際は違った。
逃げたい。
怖い。
無理かもしれない。
でも、やるしかない。
たぶん、成長はその辺にいる。
かなり暗い顔でいる。
それでも、人はそこを越えた時に少し変わる。
だから今、逃げたいと思うほどのプレッシャーがあるなら。
それが自分を壊すほどのものではないなら。
もしかすると、そこは成長の入口なのかもしれない。
入口にしては、かなり入りたくない見た目をしているけれど。
つよし