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昔は、管理職というものを少し簡単に考えていた。
指示を出す人。
段取りを決める人。
人を動かす人。
現場でいうと、監督さんや親方、職長みたいに、全体を見ている人。
もちろん大変なのは分かっていた。
分かっていたつもりだった。
でも、どこかで思っていた。
自分たち現場の人間は身体を使っている。
暑い中で動いている。
重いものを持っている。
汗をかいている。
だから大変なのはこっちだろう、と。
今思えば、かなり浅い。
水たまりくらい浅い。
長靴を履くまでもない。
現場が大変なのは間違いない。
でも最近、管理職の大変さも少し分かるようになってきた。
管理職は、身体がきついというより、頭と心が忙しい。
上から言われる。
下からも言われる。
横からも言われる。
お客さんからも言われる。
現場からも言われる。
書類もある。
予定もある。
人の調整もある。
材料もある。
お金もある。
納期もある。
安全もある。
天気もある。
そしてなぜか、全部同時に来る。
一列に並んでくれない。
「まず納期です」
「次に人員です」
「その次に予算です」
みたいに、整理券を取って待ってくれない。
全部が窓口に押しかけてくる。
管理職の頭の中は、たぶん役所の窓口より混んでいる。
しかも、みんな少し怒っている。
現場の人間は、目の前の作業に集中できればいい。
この型枠を組む。
ここを仕上げる。
この作業を終わらせる。
目の前に枠があり、釘があり、図面がある。
やることが形として見える。
でも管理する側は、見えないものも相手にしないといけない。
まだ起きていないトラブル。
これから足りなくなるかもしれない人。
遅れるかもしれない工程。
あとで揉めるかもしれない納まり。
怒られるかもしれない予算。
未来の不安と戦っている。
未来というやつは、本当に面倒くさい。
まだ来てもいないくせに、かなり手間を取らせてくる。
現場で段取りが悪いと、こちらはつい思う。
「ちゃんと段取りしておいてくれよ」
簡単に言ってしまう。
でも、その段取りをする側は、たぶん相当大変である。
人を呼ぶ。
日程を合わせる。
材料を手配する。
ほかの業者と調整する。
上に説明する。
下に説明する。
変更が出たら、また組み直す。
雨が降ったら崩れる。
誰かが休んだら崩れる。
材料が遅れたら崩れる。
急な追加が入ったら崩れる。
まるで、積み木で作った城を扇風機の前に置いているようなものである。
少し風が吹いたら終わる。
それでも崩れないように、ずっと手で押さえている。
管理職は、たぶん毎日その状態である。
しかも、うまくいった時ほど目立たない。
段取りがうまくいった。
工程が予定通り進んだ。
人も足りた。
材料も間に合った。
事故もなかった。
トラブルも起きなかった。
その時、現場は普通に進む。
みんな普通に仕事をして、普通に帰る。
一見すると、ただ普通の一日に見える。
だから大半の人は気づかない。
「今日は段取りがよかったから何も起きなかったんだな」
と、わざわざ思う人は少ない。
何も起きなかった日は、何も起きなかった日として過ぎていく。
逆に、何か一つでも崩れると一気に名前が出る。
急に主役になる。
そんな主役にはなりたくない。
管理職は、失敗した時だけスポットライトが当たる仕事なのかもしれない。
しかも照明がきつい。
できれば浴びたくない種類のライトである。
でも、うまくいった仕事が完全に誰にも気づかれていないわけではない。
気づく人は気づいている。
現場が止まらなかった理由。
材料が間に合っていた理由。
人がちゃんと配置されていた理由。
危ないところが先に潰されていた理由。
誰かが先に考えて、動いて、調整していたこと。
そういう見えにくい仕事に、気づく人はちゃんと気づいている。
「あれ、ちゃんと段取りしてあったな」
「今日は現場がやりやすかったな」
「先に考えてくれていたんだな」
最近、若い監督さんを見ていて、感心することがある。
最初の頃は、現場で何を聞かれても少し不安そうだった。
職人に囲まれて、図面を開いている。
経験のある職人から、
「ここ、どうするの?」
「この納まりでいいの?」
「材料はいつ来る?」
次々に聞かれる。
まだ答えが出ていないことまで、その場ですぐ答えを求められる。
若い監督さんにとっては、職人に囲まれて質問される時間というのは、たぶん取り調べに近い。
誰も机を叩いてはいない。
でも空気はだいたい同じである。
最初は、
「確認します」
「ちょっと待ってください」
「会社に聞いてみます」
と答えることが多い。
それを見て、職人側はつい思う。
まだ分からないのか。
大丈夫かな。
正直、自分もそう思ったことがある。
でも、その若い監督さんが、次の日にはちゃんと答えを持ってくる。
分からなかったところを調べてくる。
図面に書き込んでくる。
職人に教えてもらったことをメモしている。
怒られても、また現場に来る。
失敗しても、次は同じことが起きないように先に動いている。
最初は職人の後ろを追いかけていたのに、少しずつ前に回るようになる。
「材料、明日入ります」
「ここは先に確認してあります」
「この納まりで進めて大丈夫です」
そう言えることが増えていく。
その姿を見ると、少し感動する。
たぶん本人は、毎日必死である。
成長している実感より、
怒られないようにしよう。
忘れないようにしよう。
次は間違えないようにしよう。
そんな気持ちの方が大きいと思う。
でも、周りから見ると分かる。
返事が少し速くなった。
図面を見る目が変わった。
職人への伝え方が変わった。
現場の少し先を考えるようになった。
最初は声をかけられるだけで少し緊張していた人が、いつの間にか自分から職人に声をかけている。
「明日はここまで進めたいので、この順番でお願いします」
前なら言えなかったことを、ちゃんと言っている。
そういう瞬間を見ると、若い人が成長する姿というのは、いいものだなと思う。
こちらも少し嬉しくなる。
別に自分が育てたわけではない。
ほとんど何もしていない。
たまに質問に答えたくらいである。
それでも、親戚の子が自転車に乗れた時みたいな気持ちになる。
親戚でもない。
自転車でもない。
ただ、少し誇らしい。
若い監督さんが失敗すると、周りから厳しいことを言われる。
監督なのだから当然だと言われれば、そうなのかもしれない。
若くても監督は監督である。
年齢に関係なく、現場からは答えを求められる。
「新人なので分かりません」が通りにくい立場である。
その重さは、かなりのものだと思う。
自分が若い頃に、あれだけの人数から同時に質問されていたら、たぶん一回トイレに逃げている。
長めに入る。
個室で図面を見ながら、転職サイトも少し見ると思う。
それでも若い監督さんたちは、逃げずに現場に出てくる。
昨日怒られた相手にも、次の日また話しかける。
その繰り返しの中で、少しずつ強くなっていく。
そういう姿を見ていると、管理職は大変だと思うと同時に、人が成長していく場所でもあるのだと思う。
自分も、人に何かを頼む立場になることがある。
そうすると少し分かる。
人を動かすのは簡単ではない。
ただ「これやって」と言えばいいわけではない。
相手の状況がある。
得意不得意がある。
機嫌もある。
疲れもある。
言い方一つで動き方が変わる。
強く言いすぎると空気が悪くなる。
優しく言いすぎると伝わらない。
細かく言いすぎると嫌がられる。
任せすぎるとズレる。
ちょうどいい言い方を探すだけで、けっこう疲れる。
人間は、ベニヤより難しい。
ベニヤは切れば切れる。
釘を打てば止まる。
寸法を間違えれば、こちらのミスである。
でも人間はそう単純ではない。
同じ言葉を言っても、人によって受け取り方が違う。
昨日は大丈夫だった言い方が、今日は刺さることもある。
こちらが普通に言ったつもりでも、相手には強く聞こえることもある。
逆に、かなり気を使って言ったのに、全然伝わっていないこともある。
難しすぎる。
JIS規格にしてほしい。
「この言い方なら不機嫌になりません」
という規格を作ってほしい。
たぶん無理である。
人間には個体差がありすぎる。
管理職は、その個体差だらけの人間を相手にしながら、工程と品質と安全とお金も見ている。
大変である。
大変どころではない。
現場の人間からすると、管理職が細かいことを言ってくるように感じる時がある。
「そこ確認した?」
「今日中にいける?」
「安全大丈夫?」
正直、忙しい時に言われると少し面倒くさい。
今それを言うか、と思うこともある。
でも管理する側からすれば、言わないと怖いのだと思う。
確認していなかったら困る。
今日中に終わらなかったら明日がずれる。
事故でも起きたら、取り返しがつかない。
こちらから見ると細かい一言でも、向こうからすると事故を防ぐ一言なのかもしれない。
そう思うと、簡単に「うるさい」とは言えない。
いや、たまには思う。
人間なので思う。
でも、少しだけ飲み込むようになった。
もちろん、管理職だからといって何でも正しいわけではない。
段取りが悪い時もある。
言い方がきつい時もある。
現場を分かっていないなと思う時もある。
そこは別の話である。
管理職だから全部偉いという話ではない。
ただ、管理する側には管理する側の大変さがある。
それを最近は少し感じるようになった。
現場で身体を使う大変さ。
管理で頭と心を使う大変さ。
どちらが上という話ではない。
種類が違うだけで、どちらも大変である。
型枠で言えば、現場で組む人がいないと形にならない。
でも段取りする人がいないと、そもそも現場が回らない。
そう考えると、管理職は間に立っている人なのだと思う。
上と下。
現場と会社。
お金と品質。
安全と工程。
理想と現実。
その間に立っている。
間に立つというのは、簡単そうでかなりしんどい。
両側から押されるからである。
見えないところでずっと考えて、調整して、言いたくないことも言って、何も起きないようにしている。
若い監督さんたちは、その真ん中で怒られながら、迷いながら、それでも少しずつ前に進んでいる。
今日も現場で監督さんを見かけたら、少しだけ思う。
大変だな。
若い監督さんを見たら、もう一つ思う。
頑張っているな。
だからといって、何でも優しくするわけではない。
違うものは違うと言う。
納まらないものは納まらない。
現場なので、そこははっきり伝える。
ただ、少しだけ言い方を考える。
自分も、人に教えてもらいながらここまで来た。
今、目の前で必死に成長している人の邪魔だけはしないようにしたい。
そして、できれば余計な問題を増やさないように、自分の仕事をちゃんとやる。
それが管理する人への一番の協力であり、若い人への一番まともな応援なのかもしれない。
つよし